Dragon Eye

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第一篇 - 六章 『世界に刻む』

-2- 崩壊は告げられる

「夢を見るんだ。何度も、何度も。同じ夢を何回も、あいつが死んでから見るんだ。一晩眠る間に、何度も目が覚める。けれど何も思い出せない。そうして、訳が分からなくなる」

 セルは、詠うように呟き、振り向いた。

「たぶん、僕にも限界が来たんだと思う。ずっと今まで考えないようにしていたけど、最近、ますます頻繁に考えてしまうようになった。憎まなくたって……僕は、きっと父さんの事を殺せたんだって、気付いてしまった」
「……」
 兄の告白に、ティアは黙したまま、目だけを瞠った。
「……同族嫌悪、ってやつなのかな。まぁ、本人よりはいくらかはましだったんだろうけど。父さんを尊敬していた事は確かなんだ。憧れていた事も、確かだ。でも、憎み始めたのと、疑問を覚え始めたのは、たぶん同じ時期から。ちょうど、レダンやカーレンと会ってからしばらく経った頃だったかな――つい、思っちゃったんだ」
 茫洋とこちらに向けられる目は、ティアに凪いだ水面を思わせた。
 焦点を結ばない濁った瞳が、ずっと宙のどこかを睨みつけている。
 そんな彼の様子に、ひどい違和感を覚えた。
 だが、何が違う?
「どうして、彼は僕を僕として見てはくれないんだろうって。僕にとっての唯一、対等な人間だった人が、すごく遠く思えた。彼だけがあの時の僕の世界そのものだったのに」
「……っ、」
 呑みかけた息を、口に拳を当てる事で止めた。
 もうずいぶん前に聞いた、様々な一連の出来事で忘れ去られかけていた言葉を思い出した。

(『分かるか、君に。世界の全てが私と噛み合う事なく、見えない所で歪んでいくこの絶望が――?』)

 同じだ。

 言った彼は、確かな心に触れたがっていた。触れれば、全てが分かると思って。
 理屈ではなくて、感覚で、あの時ティアはそれを感じた。
 けれど、なぜ目の前の兄が同じ感情を抱いているのだろう。

「遠くて、遠くて、手が届かなかった。……だから、かな」
 ふっと、セルが夢を見るような顔で、宙に手を伸ばす。
 そこには何もないのに、雲を掴むように、不確かなものに彼は触れていた。
 その目が捉えているのは――きっと、彼の世界そのものだ。
 誰かに聞いて欲しかっただけなのだろう。行き場を失くしたセルの感情は、ここでぽつぽつと吐き出されている。
 だが、ティアは理解してしまった。しなくていい――むしろ、してはいけなかったものだった。
「本当に時々だけど、思ってしまうようになった。大切なはずの人なのに、僕の中で何かが蠢いて囁くんだ。いっその事、壊して自分のものにしてしまえたらいいのにって」

 違う。

 違う――“セルじゃない”。

「ねぇ、ティア・フレイス?」
 得体の知れない何かを抱えた青年を前に、ティアは、彼がぼんやりと、言葉を紡ぐのを聞いた。

「永遠に終われないまま、こうして僕らは望み続けるのかな。触れもしない、心の証を」

 嫌な汗が頬を伝い落ちる。
 じわりと言葉の意味が染みこんでくるにつれて、ぽつりと、小さく声を発した。
「あなた、誰?」
「セルだよ。最も、今の読み方に従って発音すれば、だけれども」
 彼は、柔らかく笑んだ。
 言葉の言い回しの微妙な違い。だというのにどこか聞き覚えのある口調が、更にティアの心臓を凍りつかせる。
「――知っていたかな? 古の昔、人の名前には、飾り文字がたくさんあった。今と昔とじゃ、読む順番が違ったりする事もざらでね」
 青年の言った通りに考えれば、残る読み方など一つしかない。

「だから……昔の読み方で言うなら、」

 彼がティアの目を見据えた瞬間、凄まじい戦慄を覚えた。
 足が、動かない。

 気付けば、小さな教会に流れていた空気は一変し、静寂に固く閉ざされていた。

 青年は両腕を広げた。
 自らを見せつけるように、ティアを迎え入れるように。
 そうして告げた。



「“この子”の名前は、エル――私と同じ名前、になるのかな」



「…………ルヴァンザム?」
「もう、一人じゃない。二人だ」

 掠れるぐらいの問いかけに、エルと名乗った彼は哀しげに微笑んで、一瞬、目を閉じた。

「ティアちゃん。僕らが、エル=ドラゴンなんだ」
「…………兄、さん?」

 表裏のように変わる彼らの様子に、ティアは呆然とする。
 再び開いた瞼の下から、ドラゴンアイが現れた。
 右目の金、左目の銀――二つのドラゴンの瞳が、ティアを見据える。

「ごめん。でも、僕は……触れられないぐらいなら、壊す事に決めた。届かない愛も、嘘だと決めつけて……僕らはだから、憎む事を始めた」

 見覚えのある剣が虚空から現れた。ルヴァンザムが振るっていた剣だ。
 頭上に降ってきたその柄を、青年の右手が慣れた手つきで握り、ティアに向かって刃先を突きつける。
「僕らにとってカーレンは、同じだけど対極なんだろう。心を守り願う君と、閉じた世界を壊す僕も、対のようなものじゃないか?」
 首を傾げて、エルが微笑む。

「カーレンが僕らと違うというのなら――それを、示せ。ティア。君とカーレンの、二人で」

「っあ!」
 剣が一閃され、離れていたというのに、ティアの胸元から紅い色が鮮やかに散った。
 一直線に走った浅い切り傷から血が一筋流れて、幾何学模様を宙へと描く。
「 刻め 」
 青年の冷淡な声が魔力を帯び、描き出された紋様へ命じた。
 紋様は切り傷の場所を中心に、肌に吸い付くように染みこんだ。
「ぅああああ!」
 鋭い痛みが胸から肩に向かって走り抜けた。
 同時に、自分の意思に関わらず、ドラゴンアイの力が引きずり出される。
 耐えかねてその場に膝をつくと、髪をつかまれ、顔を無理矢理に引き上げさせられた。
 顔を歪め、間近に迫る青年の双眸を見る。そこには自分の銀の瞳が写っていた。
 ぶつかり合う視線は、一方の瞳では互いに溶け合い、もう一方の瞳では決して混じり合う事はない。
 相反する二つの色が、静かに細められた。
「……それは、呪い。君の命を削り、世界を壊していく呪いだ」
 彼は嗤った。
覇王(ドラゴン)は、理を歪め、世界の有様を歪めていく。僕たち自体が世界と同化するからだ。君がその力を現したまま弱っていけば……世界の一部が崩れ落ちる」

 そこから、崩壊はあっという間だよ?

 激痛に呻くしかできないティアを満足そうに眺めてから、エルはティアを解放する。
 倒れこんだティアの身体を(また)いで、彼は教会の出口へと向かった。
「そうだね。……君にとっての始まりの場所で。今は亡きセイラックで、全てを決めよう。僕らを殺せば、君も世界も救われる」
 くすくす、と笑い声。
「一種の余興と思ってくれて構わないよ。何が壊れたって、救われたって構わない……僕はもうどうやったって、何も得る事はないけれど、失う事もないのだから」
 足音が遠ざかっていく。
 朦朧とした意識の中、ティアの流した血で黒く湿った絨毯が、頬にぬるりと触れるのを感じた。それで、無意識に顔を動かしたのだと気付いた。
 どうにか意識を繋いで、声を絞り出した。
「……どうして?」
 答えが返ってくるとは思わなかった。
 裏切られた――そんなやる瀬の無い苦い感情を、それでもどこかに逃すためだけに、囁いたのだから。
 だが、足音は止まった。

「……見たいんだ」

 言って、再び彼の歩みが再開される。

「心の力を証明するのを見てみたい。一度全てを失って、絶望の中に堕ちたはずのドラゴンが、どうして今も歩き続けるのか。君は彼に何を与え、彼は何を君に返したのか……それが知りたいだけだよ」

 もう、何かを問い返す気力も残っていなかった。

 せめてこの痛みだけは一瞬であってくれれば。
 思いながら、意識を失う直前――、

 今は遠い自分の中で、崩壊を始める何かを感じた。


□■□■□


 何かが揺れた。

「…………何だ?」

 病室の壁にもたれていたエルニスは、ハッと目を瞠って顔を上げた。

「どうしたの?」
 ベルがぽかんとした顔で尋ねてくる。
 彼女の顔をまじまじと眺めながら、エルニスはゆっくり瞬いた。
「分からないのか? 今、揺れたぞ」
 言われた彼女は、少し辺りを見回してから顔を戻した。
「揺れてないわよ?」
 ベルが言うが早いか、再びエルニスの感覚が気味の悪い揺れを捉えた。
 舌打ちする。
「くそ、また揺れた。一体どうなってる?」
「――私も感じない。……おまえだけに感じられるのか?」
 ずっとロヴェの手を取ったままだったカーレンが、顔を上げてこちらを見た。
「どんな揺れだ?」
「何というか、こう、頭から一気に足元まで――空から、何かが崩れて落ちてくるような」
 言いながら、エルニスは顔を引きつらせた。
 気のせいだろうか。今、視界がぶれたように感じたが。

 ぐらり、と意思に反して体が傾ぐ。

 慌ててベルが、床に倒れこもうとしたエルニスを受け止めた。
「ちょっと、あんたどうかしたの!?」
「いや、俺は……何だ?」
 頭が重い。
 というよりも――。
 熱い。
 熱と痛みに息を呑んで、エルニスは右目を覆う眼帯に手を当てた。
 その様子を見て取ったカーレンが、何かに気付いたように顔色を変える。

「まさか――“瞳よ!”」

 双眸を紅から破滅の銀へと変じるなり、彼は身体を強張らせた。
「……原因はやはりドラゴンアイか。常に発動するのなら、負担が増すのも当然だな」
「私にも感じられる?」
「いや、やめておけ」
 カーレンは首を振ったようだった。
「人間に擬態しているだけの通常の状態では感じられなかった。おそらくベリブンハントには感じる事はできない……覇王(ドラゴン)にしか感じられない何かが起こっていると考えるのが妥当だ」
「仮にそうだとして……何が起こってるんだよ――ぅっ」
 口をもう一方の手で覆いながら、エルニスは呟いた。とにかくひどい気分で、耐えられずにベルの手から逃れてその場に蹲り、呻いた。
「何でおまえは平気なんだ……」
「ああ、悪い。今おまえにもやってやる」
 素早くカーレンがエルニスの傍に屈みこみ、そっと髪を避けて額に触れてきた。
 途端に、嘘のように気分の悪さが消えた。
 軽く息を呑んで、眼帯から手を外すと、呆けた顔でカーレンを見上げた。
「……何やった?」
「外から流れこむ魔力を遮断した。人間の間では強すぎる魔力に中てられて気分を悪くする者も居る。……今までドラゴンがなった事は聞かなかったが」
 こちらの気を紛らわそうとしてか、冗談めかして彼は微笑んだ。
「その目になってから、魔力の感度が上がったんだろう。……とにかく、近くを見て回って、」

「その必要はねぇよ」

 部屋に響いた声に、全員がドアの方を振り返った。
 ラヴファロウだった。
 なぜか眉根が限界まで寄せられて、ひどく憤っているようにも見える。
 一瞬何かあったのかとエルニスは眉を潜めたが、その腕に抱えられていた人物を見て、身体を強張らせた。
「な、」
 驚愕の声が喉から漏れる。
 一方で、隣に立っていたカーレンは信じられないものを見るような目で立ち尽くし、絶句していた。

「………………、ティア――?」

 血の気のない白い額に無数の汗の玉を滲ませ、ぐったりとしている彼女。
 どんな見間違えようもなく、ティア・フレイスだった。
 淡い色のドレスの胸元は、今は血で鮮やかな真紅に染め上げられている。流れる血の合間には、レダンの肩や、かつてカーレンの全身に見られたような紋様が紅く肌に走っているのが見えた。

「下の教会で倒れていた。……一人だけで」
「……ひとりで?」
 彼女と契約を結んだドラゴンだ。知らない間に彼女に危害が加えられたという事実に受ける衝撃は相当なものだろう。
 ぽつりと不気味に呟くカーレンの隣で、エルニスもまた、徐々に身の内で怒りが燃え盛るのを感じていた。
 だが、同時に状況のおかしさにも気付いていた――その可能性だけは、できれば認めたくはないのだが。
「ラヴファロウ」
 間違いであって欲しいと一抹の期待を込めて、押し殺した声で聞いた。
「誰だ?」
 彼自身もそう考えていたのか、あるいはエルニスの意を酌んでの事か、ラヴファロウは首を振った。
「分からない。屋敷内に居た事は確かだが、途中から痕跡が消えた」
 ベルが動いた。
 動揺を抑えきれない様子でラヴファロウの肩を掴もうとしたが、ティアを気にして、堪えるようにその手を下ろした。
「――セルは? 一緒に居たんじゃなかったの?」
「……、」
 最初に誰もが思っただろう疑問。そして、エルニスが思い当たった可能性でもあるそれを口にしたベルに、ラヴファロウは一度、口を噤んだ。
「争った形跡が無い。――連れ去られたにしては、状況が不自然すぎる」
「そんなの! 何かあったのよ、でないと彼がそんなに大人しく出て行くはずが――」

「…………セル・ティメルクが、やったのか?」

 低い声に、びくん、とラヴファロウに詰め寄っていたベルの肩が跳ねた。
 無理もない。エルニスですら一瞬生きた心地がしなかった。
 言葉の主であるカーレンは、銀の瞳が見て分かるほどぎらついていた。振りまかれる濃密な殺気に、思わずまたディレイアの再来かと危ぶんだ。
「間違えるな。報復より何より、まずはおまえが自分の寵姫を労るのが先だろう」
 下手をすると逆鱗に触れるかもしれないにも関わらず、ラヴファロウが厳しい言葉を発した。
「ここで成すべき事を見誤れば、おまえは敵と同じ存在にまで堕ちるぞ」
 カーレンは無言でラヴファロウを睨んだ。
 激怒の気配に、部屋の空気が震えて張り詰める。
 すわ爆発かと思われたその場を収めたのは、小さな呻き声だった。

「……ぅ」

 思わず目を声の方向に向けた。
 怒りに我を忘れかけていたカーレンも、さすがにエルニスのその行動を見逃す事はできなかったらしい。同じようにそちらに目を向けて、息を呑んだ。

 呼吸ができないほど息を吸っているのか、ベッドの上で背中を仰け反らせ、ロヴェがこれでもかというほど目をきつく瞑っていた。

 よりにもよってこの時に気がついたのか。
 間が良かったのか悪かったのかの判断は保留にして、エルニスは内心で安堵する。何にせよ、とりあえずカーレンの勢いは削がれたはずだ。
 やがて大きく息を吐き、彼はぱち、と目を開けた。

「――ものすげぇ気色悪い揺れだな。誰だよ」

 開口一番、掠れ声で発せられたロヴェの言葉に、一瞬皆がどう答えたものかと考えこんだようだった。

□■□■□


「ああ、そりゃあ間違いなく――ルヴァンザムだな」
『……!?』

 あっさりと言い切ったロヴェの言葉に、部屋に集まったほぼ全員が目を剥いた。
 病み上がりにも関わらず、椅子に座って膝の上でブレインをじゃれつかせながら、ロヴェは思案顔で視線を宙に投げている。
「奴は死んだはずだろう?」
「はぁ?」
 一番驚いた顔をして訊ねたアラフルに向かって、彼は胡乱な目を向けた。
「今時、紋様魔術を扱える奴なんて限られてるぞ」
「紋様魔術って、ロヴェさんがよく使っている魔術ですよね……?」
「今じゃ古代魔術とまで言われる骨董品だけどな。とにかく、ティアの胸に刻まれてるのはそれだ。レダンに俺がやったように、呪いの臭いが強いが、俺たち以外で刻めるとしたらもうあいつしかいない」
 遠慮がちにロヴェの膝に収まるブレインは、答えを聞いてからティアの方へと目をやった。
 自然と自分に目線が集まるのを感じて、ティアは居たたまれなさに目を伏せた。
 結局意識を失っていた間は一刻にも満たず、出血も紋様を刻まれた時だけで、今は既に塞がっている。それでも気力をごっそり削られてしばらく動けなかったため、カーレンに支えてもらって、やっと話に参加していた。
「……彼は、エルって名乗ったわ」
 言うと、ロヴェは小さく舌打ちした。
「セルとエル……そうか、迂闊だった」
「……名前に何の関係があるんだよ?」
 ラヴファロウが首を傾げる。
 ロヴェはすぐには答えずに、少しの間、琥珀色の瞳を伏せた。
 それから更にしばらくしてから、やっと顔を上げて、指を宙に走らせた。
「音で名を共有して精神を繋ぐ魔術が、昔には存在していた。長い時間と幾つかの条件を満たさなければならないが、シウォンの場合、全てそれを満たせる環境があったとしてもおかしくはない」
 紅い魔術の光がロヴェの指に導かれて、何も存在しない空に文字を描く。
 綴られたのは、セル・ティメルクの名。
「本人と繋がれた者が、名前を共有していると知っている必要があるかどうか……これは、場合によっては必要ないものがある。身体に直接紋様で刻む術もあれば、繋ぐ時に言葉を結ぶやり方であっても可能だ。あいつはその点、いくらでもルヴァンザムと接する事ができる期間があった。思い当たりは……ありすぎるぐらいだな」
 部屋の隅の方で小さく息を呑む音が聞こえた。
 話が始まってからもずっと蒼白な顔だったサシャの様子をそっと窺っていると、ロヴェが重く溜息をつく気配がした。
「まぁ、経緯は関係ない。問題はこの名前が実際に、あいつのかつての名を隠していたという事だ」
 彼が指を振ってたった三文字を切り離した時、確かにそこには『エル』の名が現れていた。
「そして、なぜシウォンが今頃になってルヴァンザムの意識に気付き、それを躊躇もなく受け入れたのかが分からない」
 思案顔でブレインの頭に手を重ね、その上に彼は顎を置いた。少年は間違ってもぐらつかないようにと身を硬くしている。
「ティアから聞いた話をもとに考えても納得が行かない。シウォンは今までずっとルヴァンザムの側にいたが、かつてのあいつとは違って、身近な存在にエリックやサシャ・ディアンがいた。本当の意味で孤独ではなく、また彼が言っていた心とやらも理解できたはずだ。なのになぜ今になって? そこがもう一つだ」
 二本の立てられたロヴェの指を、ティアは思考に沈みながら見つめた。
 なぜ、今になって……?
 どうして、兄は自分とカーレンを選んだ?
「まぁ……一つだけはっきりしている事もあるけどな。――言っていいのかどうか」
「何だ。もったいぶらずに教えんか」
「簡単に言えるか、馬鹿野郎」
 苛立ったようなアラフルの口調に、ロヴェは顔をしかめる。
 息を吐き、またもや長い間、葛藤するように眉間に皺を寄せていた。
 そうして。
「これは、単に俺の診立てのようなものだけどな――」
 前置きをしてから、覚悟を決めたか、あるいは諦めたようにもとれる表情で、ティアを見つめた。


「おまえ、そのままじゃあと二日ももたないぞ」


 呆然とする自分よりも、抱いてくれていたカーレンの腕に、強く、強く力が篭もったのを感じた。


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