Dragon Eye

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第一篇 - 五章 『慰めの歌』

-13- 示された奇跡

 空では死が振りまかれていた。
 カーレンとルヴァンザム――そして、それに襲いかかる偽体のドラゴン。三つ巴ともとれるような戦いの状況は、どう控えめに言っても、荒れに荒れていた。
 縦横無尽に宙を舞う自らの鱗を手足のように使って、魔術、あるいは切り裂く、叩きつけるといった物理的なものまでもを手段とし、自らもその流れに乗じてカーレンは攻撃を仕掛けていた。
 それらから難なく脱出し、ルヴァンザムはすり抜け様に、迫りくる攻撃のほとんどを切り伏せあるいは叩き潰して、ぶつかってくるカーレンをあっさりといなす。お返しとでもいうように斬撃を見舞うと、軽くかわされて突き抜けたそれは大地にぶつかって辺りを揺るがし、長く深く、抉り取るような爪跡を残した。
 そして、かわしたカーレンの頭上に急降下をしたのは、ティアを核としたドラゴンだった。死の触手は見境なく降り注いで地上に突き刺さり、見る間に生命力を吸い上げてその場所一帯を死んだ土地へ変える。吸い上げられたそれらは残らず魔力へと変えられて、ドラゴンを取り巻く黒い嵐となる。
 迫りくるドラゴンを避け、死角より現れたルヴァンザムにも動じる様子を見せずに、カーレンは冷徹なままに力を振るった。英具であるルヴァンザムの剣はドラゴンの硬い鱗すらもやすやすと突き通すはずだったが、その剣を受け止めて払い、更にはいつの間にか手に出現させていた漆黒の大剣をもって斬りかかる。
 剣で受け、弾かれた勢いに任せて背後へ後退したルヴァンザムは、真下より襲ってきたドラゴンのブレスから逃れると、仕置きだとでも言うようにその身体を僅かに切り裂く。
 悲鳴を上げるドラゴンは叩き落とされるが、恐れる様子もなく、身体を振り回して闇色の炎を纏いながらルヴァンザムへと再び迫り、接近していたカーレンごと、炎で肥大化した己の中へと取り込んだ。
 しかし幾ばくかの沈黙の後、不意にその背中が膨れ上がり、腐り落ちたドラゴンの身体の一部を飛び散らせながら、両者は再び何事もなかったかのように空へと舞い上がる。

 サシャやエリックはもちろんだが、これらの戦いはほとんどベルやレダンでさえも視認するのが難しいほどの速度で動いている事を前提とした、根本から次元の違うものであった。

「さて、……上空はずいぶんと荒れてるな、と」
 ほとんど瓦礫ばかりとなったディレイアの敷地から戦いの様を目で追ってしばらく観察していたロヴェは、辺りを見回した。結界を張っている訳ではない。自分が立っている所も十分に危険地帯だ。
 空を見上げながらも、戦いの様子に合わせて流れ弾を避け、あるいはルヴァンザムやカーレン同様に切り捨てて、ロヴェはゆっくりと確かめるように歩きながら、その存在を探し回っていた。たまに途中で炎塔の人間が呻いているのを見かけては、適当に転移の魔術を投げつけて移動させていく。転移先ではルリエン・ティウスが昏倒したアラフルと一緒に彼らを介抱してくれている事だろう。
「……、」
 そうして、焼き尽くされた瓦礫の中に、探していたものを見つけた。
 一瞬息を止め、綻ぶように笑みを浮かべる。
「――見つけた」
 ゆっくりと近付き、膝を抱えるように屈みこんで、しばらく観察する。
 辺りの瓦礫のあちこちにべったりと鮮血をなすりつけたのは、きっと意識を失うまで強烈な苦しみにもがいたからだろう。このクェンシードのドラゴンも、よほど生命力があったらしい。
 四肢はほとんど使い物になっていないとすぐに分かった。胴体も半分潰れているようなもので、一見しただけでは死んでいるように見える。顔はロヴェから見た左側からひどく出血していて、血に濡れていないところがないような有様だった。本来銀色であるはずの髪の大半が真紅に濡れそぼっている様は、見ていて痛ましくもある。
「それにしても、よく繋いでいるもんだよな。まぁ、このままではもたないだろうが、」
 彼に聞こえている訳もないのを知りながら、ロヴェは淡々と語りかける。
 語る事に、意味はある。
 力を取り戻した自分の声は何も、耳に届くしかないようなただの音に終わらないのだから。
 彼の命、彼の魂が望むならば、この声は、届く。
「――なぁ。命を賭けてみないか、流星の子? おまえが勝ったら、生。負ければ死。極めて簡単な賭けだ。何もせずに死ぬのと、賭けに乗るのとどっちがいい? ただし、壮絶に苦しむ事にもなるが」
「…………ぅ」
 微かな呻きを聞き取った。
「――」
 しばらく目を伏せて小さな呻きの意味を感じていたロヴェは、瞼を開くと頷き、微笑んだ。
「そうか……うん、よし。それなら、契約成立だな。まぁ、還ってきてもらわなくちゃ俺も困るんだが」
 何の前振りもなく、彼の血塗れの顔の左半分に手を当てる。

「負担も多い。片目だけにしとくが、覚悟しろ……いったん自分の存在そのものが引っくり返るからな」

 これからする事に対して抵抗をなくすために、少し、息を止めて心の用意をした。
 力を込めて、瞼のある部分に指を押し込める。
 ぐちゅ、と。
 あまり良いとはいえない感覚が、指から伝わってきた。

「っ――ぅ、ぁ!?」
 若いドラゴンの身体が、突然走った衝撃に硬直する。
「がっぁ、あ……ぁあああ  っあ ! あ ? ああ、あ、ああああああッ!?」
 死を迎えるためだけに生き続けていた身体。
 それが、死を超える崩壊を前にして、断末魔にも劣らない最大級の絶叫を全身から上げた。叫び声に混じり、ぎしっ、と耳障りに軋む音は、彼の身体が自身の存在の無茶な変容に対し、悲鳴を上げて抗議を訴える音だ。
「……まぁ、こんなのやったの、おまえが初めてだからな」
 ぼやいたロヴェは、苦痛にのたうち暴れ回る彼の身体を押さえつける事もなく、恐るべき速度で他者の肉体が死滅し、蘇生していく異様な光景を前にして目を伏せた。
「還ってきたら、あの三人を止めてくれさえすればいい。俺が最後に何とかする」
 言ってから、心底からの溜息を吐き出した。
 彼の気も狂わんばかりの痛みが空高くへと吐き出され、吸い込まれていく中。
 ロヴェは頭を抱えて、傷だらけの腕で顔を覆う。
 ややあって、思わず、うんざりした声で本音が漏れていた。もちろん悲鳴ばかりが上がるこの場所で、彼の本音を聞いた者など、一人も居なかったのだが。

「…………つかれた」

 だから。
 許されたなら、そう、少しだけ眠りたい。
 アラフルが言ったように、確かにカーレンは地獄を見るだろう。けれども、そこから救ってくれるように……そうするように自分が仕向けた少女に、そして、少女を取り巻く者たちに。密かに心の内で謝っていた。
 最後に絶望へと落ちていくカーレンを救うのが、ロヴェがティア・フレイスに課した命題だ。

 例え、どんなにそれが罪深いと分かっていたとしても。
 命と引き換えにでも、自分はティアをカーレンと同じ道に引きずり落とす。

 つぐんだ唇を固く引き結び、ロヴェは静かに呟いた。
「……決めたよ、ルリエン。俺は、逝く」
 させはしない、とアラフルは言ったのだが。
(そんな幸せが、叶えばいいよな――眠った後に、目覚めて……)
 結んだ唇を緩めて微笑む。
(カーレンにはティアがいる。レイディエンも、アラフルも、ルリエンも、シウォンも、オリフィアの将軍も、そして、目の前で足掻いてるこいつだって――)
 ああ、数え切れないぐらいたくさんの幸せが、彼の周りには存在している。
(その中に、俺までもが入り込めたら……これ以上に、幸せな事なんてあるだろうか。なぁ? エル)
 思いながら、ロヴェは選択した。

 もう二度と戻れないであろう、一つの闇へと続く旅路を。

 だが、その思考に入り込むように、叫びが聞こえた。

「――助けて下さいっ!」
 くぐもった、例えるならそう、瓦礫の下にでも埋まっていて、そこから出しているような。
 そんな妙な叫びが。
 そして、それは事実だった。

□■□■□

「…………ぅ、ん」
 瞼に閉ざされた闇の中で、ブレインは密かに覚醒した。
 ひどく気分が悪い。
 自分の中を自分で無い何かが駆け抜けていって、魂がおぞましいものに晒されていた記憶がある。今も身の内がひどく冷たくて、呼吸して吸い込む空気の新鮮さと、僅かに感じる温もりが、涙が出るほど優しく感じた。
「ん……」
 しかし、何となく、息苦しい。
 無意識に動かした手が、ぬるりと生暖かい何かに触れる。
「……ん?」
 薄っすらと目を開けると、辺りは暗い。夜だからだろう。
 だが、時折雷光が閃くように、銀の光がどこかの隙間からぱっぱっと入り込んでいるために、全くの暗闇ではなかったらしい。
 偽体としての能力を使い、ブレインは暗闇の中をどうにか見て、自分が何に触れたのかを確認し、

 息を、呑んだ。

「……に」

 目を瞠り、思わず叫ぶ。

「兄さんっ!?」
 どう見ても青白いを通り越して土気色の顔をしている、虫の息の兄がいた。
 意識を失っても眉間には深く皺が刻まれ、苦悶によって血と共に滲む脂汗が彼の顔を不気味にてらてらと輝かせている。
 見れば、後頭部から大量に出血していた。自分がさっき触れたのは兄の血に濡れた服だったのだ。
「どうしよう――誰かっ……!?」
 叫んで、ここがどういった場所なのかを改めて知る。
 光が差し込む隙間と何気なく感じたが、なぜ隙間だったのか。
 簡単だ。ここは、瓦礫の中に不自然に作られた空洞だった。
 混乱に押し潰されそうになる中、半泣きになりながらも、落ち着け、とブレインは自分に言い聞かせた。いつもリスコでセルが言っていた。ここに来てからも何度か言われた。
 大切なのは、落ち着く事だ。
 ぐし、と悪臭のする汚泥だらけの袖で涙を拭う。顔はもともと汚れているから大差ない。
 天井が小さなドーム状になっているところからすると、おそらく結界のようなものを一時的に張って、石などの重さで圧死するのを避けたのだろう。
 だが、自分は確か高い塔にいたような、と、かつてない混乱の中、ドラゴンの中にいた時の記憶を辿る。自分を逃がそうとした姉によって半ば強制的に偽体から引き千切られたので、そのショックで気を失ったのだ。
 だとすれば塔が崩れた。
 そして……。
「僕を、落ちた時に庇って……」
 震える声で結論に辿り着くと、ブレインは血の気が引いていくのを感じた。
 だが、そんな極限下の状況だったからか、息を潜めていたのが幸いしたのか。
 耳が一つの音を拾った。
(! 足、音?)
 歓喜に震えて声を上げようとしたが、
「ぅ……っ」
「兄さん!」
 セルの苦悶の呻きに反応してから、我に帰る。
 もし炎塔の人間だったら? セルは炎塔の敵――しかも、父親のルヴァンザムを殺すつもりでここにいる。
 気付かれてしまったら――恐怖に身を凍らせたブレインの耳には、再び音が届いていた。
 よく知る人物の、声が。

「――ぅか……うん、よ……。――なら、け……だな。まぁ、……って、 らわなく……も――んだが」

(ロヴェさん?)
 目を丸くし、もっとよく聞こうと隙間に耳を近づける。

「ああああああッ!?」

 別の声が上げる悲鳴が聞こえた。
 びくりと肩を震わせ、何が起こっているのか、恐る恐る覗き見て――見なければ良かったと後悔した。

 凄惨に過ぎる光景に、口を覆う。
 ……吐きそうだ。

 泣きたくなった。
 こんな場所で、何もできずにいる自分が情けなくて。
 だが、そんな自分にやれる事といえばこの場では一つしかない。それしかないと知っている。
 思い切りだ。怖気づく心に言い聞かせた。彼なら、大丈夫。きっと、助けてくれるから。
(兄さん。今、助けるから……)
 息を吸う。
 ブレインは、自分の限界まで喉から声を張り上げた。

「ロヴェさん! 助けて下さいっ! 僕です、ブレインです! 埋まってて――兄さんを、兄さんを助けて下さいっ、ロヴェさん!」

「!?」
 驚きに息を呑む気配がした。
 すぐさまこちらに駆け寄る音がして、
「伏せてろ!」
 叫びが聞こえるや否や、ブレインは身の危険を感じて咄嗟にセルの側に倒れこんだ。
 頭上で石材が割れる轟音が起こった。
 一瞬で駆け抜けた風に翻弄されそうになり、セルをしっかり掴んだままぎゅっと目を瞑る。
 風が収まった後、小さく引きつったような、ひゅっと息を吸い込む音が聞こえた。

「……シウォン! ブレインも、おまえたちまで一緒に落ちていたのか――!」

「ロヴェさ――」
「どけ」
 驚きを含んだ苦々しげな声に肩をすくめて怯えていると、有無を言わせぬ口調で言い放ち、ロヴェがセルのそばに屈みこんだようだった。
「ああ、頭を打ったのか――」
 目を開けると、傷だらけのロヴェの姿にブレインはぎょっとした。
「ロヴェさん、怪我したんですか!?」
「俺はいい。気にするな」
「でも」
「気にするなといったはずだ、ブレイン・オージオ」
 厳しい声だった。ブレインが口を噤むと、ロヴェはぶつぶつと呟きながら、目を閉じて苛立つように頭を振る。
「……怪我はひどいが、一応こいつもドラゴンアイ持ちだ。助かる」
 ほっとしたブレインを、ただし、とロヴェは鋭い目で見やった。
「問題は魔力の使いすぎだ……カーレンの暴走がひどかったようだから、それの巻き添えを食らったんだろう。それと今度のとで、なかなかすぐに傷の治癒に当てられるほど魔力が落ち着いていない。流れを整えれば、それなりに安定する。やれるな?」
「は、はい」
 慌てて、ブレインはセルの手を握った。偽体の能力の応用などやった事もなかったが、できなければ即、この場で兄が死ぬ結果へと繋がる。
 大きくて温かい、その手の中を――どくりと、血潮と共に流れていく生命力と魔力の流れを、ブレインは間違っても奪わないよう、慎重に感じ取る。
 大切に、包み込むようにそれらを握って、元ある場所へと乱れていたものを流し直していく。
(暖かい……)
 触れた瞬間に、安堵にも似たとても安らかな気持ちを覚えた。
(兄さんの命だ)
 生きている証の温もりに触れていて、失わせたくないと、強く欲した。
「絶対……大丈夫だからね」

 ――どれくらい時間が経ったのか分からない。決して短くは感じなかった。
 身体の芯から弾け飛びそうなほどにきつく張り詰めた緊張の中で、微かな声を捉えた。

「……ぅ」

「兄さん」
「――早いな。レイディエンの寵姫である事も幸いしたか」
 ブレインの見守る中、薄っすらと目を開けた兄は、ロヴェを見て、やはりぎょっと目を見開いた。
「ロヴェ・ラリアン!?」
 傷などお構いなしに勢いよく跳ね起きたセルを、慌てて制す。
「兄さん、頭打ったんだよ!? 動いちゃ駄目だよ!」
「いや……僕、は……――」
 言いかけて、セルは突然、止まった。

「……ブレイン。おまえ、袖のそれって」
「はぁ!? 袖なんてどうでもいいじゃない……か……」
 袖がどうした、と腕を見ると、ブレインも口をつぐんだ。
 汚泥だらけの袖だったが、その泥の中に、僅かに煌く輝きがある。
 ――黄金の、鱗だった。
 セルが疑るような目でロヴェを見上げる。ロヴェもまた、セルを試すような目で見つめ返していた。
「まさ、か……そんな」
 掠れた声がセルの喉から漏れた。
 やがて、セルは信じられないように首を振った。

「君、だったのか……偽体の、核は?」

 ぽかんと口を開けて見守るブレインを尻目に、ロヴェは口の端を上げた。

「ティアは知っていた――俺が、始まり(オリジン)だと。自分から明かしたからな」

 直後に、あ、とブレインも気付いた。
 偽体の中にロヴェの鱗が混入するなどという事はありえない。異形の中の異物など、すぐに溶かされて消えてしまう。消えないというのは、それがよほど特別か、消してはいけないものなのだ。
 しかし、偽体はドラゴンの鱗すら無効化する。
「……じゃあ、僕らの中にある、偽体化の魔術がかけられたものって……ロヴェさんの、一部って事?」
 同時に、偽体を殺すという行為の意味にも思い至っていた。

「ロヴェさんは……ずっと、殺され続けてきた?」

 どんな残酷な事実だ、とセルが吐き捨てた。
「狂ってる……! そうだ、核は潰す事ができる。取り出せないはずがなかったんだ……ティアちゃんを苦しみから解放できたとしても、君を殺さなければ助け出せない。逆に、君が……君を生かせば、ティアちゃんは死ぬ! ああそうさ、彼女が止めた訳だ……君は、カーレンの父親なんだから。君さえ殺されなければ、あいつが死ぬ事は万に一つも無いんだ!」
 セルが心底から搾り出した激しい憎悪の慟哭を、ブレインは震えながら聞いた。

「やってくれたなっ! ルヴァンザム――――ッ!」

「――なぁ、ジャスティ・シウォン・ラーニシェス」
 対して、彼の慟哭を涼しい顔で聞き流していたロヴェは、口を開いた。

「奇跡とやらは、案外簡単に起こるのかもしれないな」

「何の話だっ……?」
 叫びかけて、セルが何かに気付いたように目を見開く。

 辺りが静かだった。

 ブレインは、セルの慟哭のすぐ後に、その異変に気付いていた。
 彼が叫び終えるのとほぼ同時だったか。先ほどから続いていた絶叫が、止んだ。

「……エルニス?」

 ぽつりと、今そこに彼がいたのだと認識したように、セルがゆっくりと瞬いている。

 三人の視線の先では、真紅に染まった瓦礫の上で、一人のドラゴンがゆっくりと身体を起こしていた。

「ハァッ――ッハァ、」
 声になって出るほど荒々しい呼吸を繰り返し――エルニスは、顔を押さえて立ち上がる。
 痛みを堪えるように歯を食いしばりながら、エルニスは押さえていた手を引き剥がした。
 外された手と、紅く染まって垂れる髪の間から見えたのは。

 紫ではなく、蒼穹に染まった、片目だけのドラゴンアイだった。

「歴史上、七人目だな」

 唖然として見守るブレインとセルに対し、ロヴェが小さく笑ったような気配がした。
「もともと、こいつには素養というか、匂いを感じていたからな。強制的に覚醒させた。肉体の治癒については、シウォンに施した治療のデカイ版と思えばいいさ。驚異的な生命力に頼るしか、生かす方法がなかったからな」
 言って、面白がるように彼はエルニスに対して質問をする。

「俺たちの『心象』でもなく、カーレンとティアの『破滅』でもなく、レダンとシウォンの『様相』でもなく――おまえは何を司る? エルニス・クェンシード」

 しばらくの間、エルニスは肩を弾ませて息をするのみで、答える事はなかった。
 やがて。
「俺が、司るのは――」
 熱に浮かされたように、彼は呟く。
 ぼろぼろの上着から見えている胸元に、エルニスは自身の手を当てる。

「――『轟炎』。全てを焼き尽くす大火だ」

 瞬間。

 ――  ドン  ――

 と。
 世界を大きく揺るがしながら、目も開けられぬほど眩い空色の光を放ち、膨大な魔力が天を突いて広がっていった。

「……俺がおまえにやって欲しい事はただ一つだ。エルニス」

 左右で異なる煌きを放つエルニスの視線が、ロヴェを射る。
「それを俺が実行すれば、この状況を打破できると?」
 一瞬だけ、それに対して酷薄な笑みを浮かべたロヴェは、
「ああ……必ず。約束しよう。だから、」
 臆する事なく命じた。

「――ほんの一瞬でいい。あのふざけた戦いを止めろ」


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