Dragon Eye

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第一篇 - 一章 『ドラゴンの盟友』

-5- 北の便り

 あれからティア達と共にカーレンは庭園のあちこちを見て回ったが、朝の散策は結局一時間程度で終わった。広い庭園を程よく歩き回ったおかげか、少し汗が滲んでいる。朝食がまだなので体温はそんなに上がった感じがしないが、後で布でももらおうか。
 そんな事をつらつらと考え、カーレンは兄妹とラヴファロウの後について歩きながら、何となく会話を聞き流していた。
「あー、お腹すいちゃった」
「そろそろ朝ごはんにしないとね」
「帰ったら美味い飯があるぞ。パンとか、果物とか。おまえらは孤児だったからまともな食事をしてなかったろ」
「うん。いつも万引きとか盗みとか……あと、ひどい時は生ゴミ漁ったりしてたかな。魚の骨とか内臓も、火を通して食べたりとかしてたよ」
 毒のある魚も存在するというのに、恐ろしい真似をする。
「そんなものばかり食べていたのか。よく無事だったな」
「はは、まぁね」
 屈託のない笑みを浮かべてセルが応えた。
 二人が混じりけのない笑いを浮かべているのを、カーレンは不思議に思って見つめていた。
(……解せないな)
 二人の性格はかなり明るいものだと思っているが、それについて、どうしても分からない部分がある。何度も考えているのだが、やはり結論は出ない。
 聞いている限り、彼らの生活はひどいものだったらしい。それほどの生活の中で、心を荒廃させぬ人間はいるのだろうか。まだ幼い頃から孤児として生きてきたというのに、セルやティアのこの不思議なほどの明るさは何なのだろう。
 町は町で、孤児を排斥するという行為もなく、万引きや盗難がただ日常的な事として受け入れているようにも思えた。
 旅人としてのカーレンの目から見れば、これは『異常』そのものだ。
 しかも、ただの港町があれほど見事な景観を作っていたのも疑問に残る。
 どこかの貴族が、リスコの内部事情に干渉していると見て間違いない。では何処の貴族かといえば、リスコを胞するフィーオは小国、とてもではないが港町という場所に金をかけられるほどではない。そして、隣り合わせの大国、ハルオマンドに属している国だ。となると彼の国の主だった貴族のうち、より豊かな一族の当主がリスコに何らかの価値を見出しているとも取れる。
 では、誰なのか。
「……」
 会話を交わす三人から目を逸らして立ち止まり、カーレンは庭園を眺めた。色鮮やかに、数多の花が咲き誇る花壇を一瞥する。
 利益を求める。そんな心を持つ人間に、幾人かの心当たりはある。ただ、リスコにそれほどの価値があるとも思えない。何があるというのか。
(謎の多い事だ……)
 心中で呟くと、その耳にラヴファロウの声が飛び込んできた。
「カーレン! 何ぼさっとしてんだよ、置いてくぞ!」
「悪い。すぐ行く」
 答えて、再びカーレンは歩き出した。その途中で、ふと思い当たる人物があった。
(もしや、ラーニシェスが……?)
 ルーベム・ラーニシェス。老人だったり、青年だったりする、ラーニシェス家の当主。頻繁に当主交代を行っており、名前は継承されているのだという奇妙な噂が飛び交うあの一家ならば、あるいはありえるかもしれない。
 だが、やはりあの港町にそこまでする理由が見つからなかった。
 目下の厄介事が解決したら、そのうち調べてみるべきだろう。
「そういえば」
 唐突にラヴファロウが声を上げて、カーレンは伏せがちだった視線を上げた。
「どうした」
「ああ、いや。別に大した事じゃねぇけど、ちょこっと言っとく事がある」
 言って、ラヴファロウは指を立てた。
「手紙が来てるんだ。おまえ宛てにな」
「……どこからだ?」
 言って、帰ってきた言葉に、カーレンは目を軽く瞠った。
「北大陸。最南端の港町から大急ぎで、昨日速達の鳥が運んできた。直接城の執務室に窓から飛び込んできたんだよ」
「すぐに読む。ティア、セル。おまえ達は先に食べていてくれて構わない。ルティス、案内を頼んだ……っと、あいつは不在か」
 仕方がないので、額に軽く触れて使い魔に用件を伝えた。しばらくして、応と答えが返ってきたので、軽く息をつく。どうやら意識は戻っていたようだ。その一方で、今後あまりショックを与えないようにしようと反省した。
 傍らでラヴファロウが口を開いた。
「俺の部屋がいい。とりあえずおまえら、ルティスを待っとけ。食事をする場所ってのは決まってないが、とりあえずカーレンの部屋に居とけ。いいな?」
「あ、うん……」
 頷きながら、兄妹は庭園の向こうへと走って行った。混み合った話だと察した上でああしたのなら、後で謝らなければならないだろう。
 カーレンは無言で、彼らの背中を見送った。

□■□■□

 部屋に入ると、ラヴファロウは適当な場所に腰かけ、カーレンにも座るように勧めた。カーレンは昨日座ったのと同じ場所に腰を下ろし、テーブルを挟んで向かい合ったため、面談のような格好となった。
「そういや朝飯はどうする?」
 思い出したように口を開いたラヴファロウに、カーレンは少し間を置いて答えた。
「簡単に済ませる」
「分かった。片手間に食べれるやつがいいよな。後で持ってこさせ……用意が良いな、おい」
 途中でラヴファロウの声音が小さくなり、振り向くと、戸口には給仕服を着込んだ男の姿があった。野菜や肉を小麦の生地に詰めた料理が載った皿を手に持っていたので、なるほど、用意が良い。
「これで宜しかったでしょうか」
「ああ。すまない」
「いえ」
 無愛想に答えて、男は部屋を出て行く。
 視線をラヴファロウに戻すと、意外にも彼は苦笑していた。
「愛想ねぇだろ」
「……うん?」
 生返事を返すと、カーレンはラヴファロウが机の引き出しから取り出した封筒を受け取った。
「これがそうか」
「ああ。宛名が大陸古語で書かれてたもんだから、兵士が逆さに読み上げようとしててな。見ていて楽しかったぜ」
「教えてやればいいだろうに。相変わらず趣味が悪い……というより人が悪いな」
「まぁそう言うなって」
 呆れ声をカーレンが上げると、ラヴファロウは笑った。何を言っても笑いそうな雰囲気ではあるが、気を引き締めて封筒を表に返した。
「……アラフルか」
 見覚えのある蝋印を見て呟くと、カーレンは封に手をかけた。中から出てきた数枚の紙には、やはり大陸古語を表す文字が書き連ねてある。
「しかし、おまえがこれを読めたとはな」
「いや。片言ぐらいが精一杯ってとこだ。あんまり期待はしない方がいい」
「本当に?」
 前にはめられた事があるので、嫌でも慎重になる。
 ラヴファロウがらしくもなく大真面目に頷くので、まぁ信じる事にしようとカーレンは結論を出した。
 さて、文の内容である。冒頭の挨拶は読み飛ばし、少し癖のある筆跡を辿っていくと、カーレンは自分の眉間に嫌でもしわが寄るのを感じた。

『訪れたのなら顔を出せ、馬鹿者』

 確かに大陸を放浪していたこの二年間で、カーレンは一度だけ故郷を訪れたが……、時間がなかった為に、彼には会わなかっただけである。
 それを馬鹿呼ばわりとは、些か心外だった。
 僅かに感じた苛立ちを目に込めながらも、残りを読んでいく。
 手紙の内容は意外と短く、簡潔に要点だけが書かれていた。何度も推敲したのだろう。あまりインクが滲んだ跡のない筆跡から、その程度の事は読み取れた。
「……何て書いてある」
 ラヴファロウをちらりと見やり、カーレンはまた手紙に目を落とした。
「一度こちらに寄って、私が見聞きしてきたものを、感じたままに話してほしいと。つまり……」
「――故郷に戻って来い、と?」
「そのようだ」
「はぁ」
 ラヴファロウは分かったような分からないような声を上げた。
「彼が意味もなく戻って来いと言う訳がない。本心からかどうかは知らないが……とにかく、今回の帰還には何か、それ以上の意味があるはずだ。基本は、私や他の者が何をして、何をされようと自由という方針だからな。ドラゴン同士での戦いも別に珍しくなかった」
「よく生きてたな……」
 心底呆れかえったラヴファロウの言葉に、カーレンは首を振った。
「いや。殺し合いはさすがに禁止されていた」
「殺し合いとまで行かなくても、おまえに対して他の奴らが行った仕打ち……聞いただけでも相当なもんだろうに。命を落とさなかった事の方が不思議だぞ、俺は」
「ドラゴンはそんなにやわじゃない。その代わり、苦痛は相当のものだがな」
 軽く笑って言うと、ラヴファロウは黙り込んだ。
「……死ぬなよ」
「死にに行くと言った覚えはないが」
「違う」
 即座にラヴファロウが否定した。
「やられっ放しが気に食わないんだよ。抵抗ぐらいしやがれ、平和ボケドラゴン」
 言われて、カーレンは苦笑した。但し、目は笑わせていない。
「それは、ひどいな」
 鋭い目で本気である事を示すと、カーレンは笑みを消した。
「ティアとセルを連れて行くのか?」
「いや――」
 否定しかけて、カーレンは言葉を切った。
「――そうだな。連れて行くか。どうせなら、言いがかりでもつけて打ち倒してくる」
「やる時は思い切りやって来いよ。中途半端にやって、舐められたら厄介だぞ」
「忠告、感謝する」
 答えて、カーレンはすっかり冷めた料理を、口に放り込んだ。
「エリシアが居たら連れて行けなかっただろうな」
 ぽつ、と零す。
「誰だよ、エリシアって」
「……」
 答えずに手早く残りを食べ終えると、カーレンは立ち上がり、答えた。
「"寵姫"……になるかもしれない」
「はぁ!?」
 おかしな言葉だったろうか。カーレンが眉を潜めてラヴファロウを見ると、彼は唖然としてこちらを見つめていた。
「……"寵姫"って、あのドラゴンが気に入った人間を連れて行って、ほとんど玩具の人形みたいに扱うあれか?」
 カーレンは思わず渋面になった。
「誰がそんな滅茶苦茶な事をおまえに吹き込んだんだ。人間を連れて行くところは同じだが、玩具ではない。……まぁ、たまにそんな趣味の奴も居るには居るが」
「で、そいつは今どこに居るんだよ」
 ラヴファロウの言葉に、カーレンは軽く返した。
「死んだよ」
 再び硬直する彼を尻目に、部屋を退出しようと背中を向ける。と、カーレンは振り向いて笑った。
「あくまで推測だがな」
「いや、そこは笑うとこじゃねぇって」
 この時、彼は珍しく真面目な顔で指摘した。
「そいつの事、おまえにとっては何だったんだ?」
 ドアを開けた時、背中に声がかかった。聞こえない振りをしても良かったが、カーレンは足を止めた。
「――、」
 もし背中に目があるとすれば、今は、生唾を飲んでこちらを見守る友人が見えるのだろう。
 カーレンは振り向かなかった。
 ただ、おぼろげに少女の顔を思い出して、胸を突く空しさに小さく微笑んだ。面白がるように、ゆっくりと口角を引き上げる。
「……さぁ?」
 異様な痛みに、微笑みはそのまま、小さく顔を歪めた。

□■□■□

 空っぽの皿がある。家の紋章らしく、白い狐と黒いドラゴンの描かれた皿から目を上げ、ティアはソファに横たわるセルを見た。
 満腹になって唸っている兄の姿がある。次いで、左に目を移した。呆然としているルティスの姿がある。未だに自分の世界から帰ってこない。
「……遅いわね」
 ティアは腕を組んだ。カーレンとラヴファロウが部屋に入ってからそれほどの時間が経過した訳でもない。単にティアが、待つ事に慣れていないだけだった。
「何で待つ時って、こんなに長く感じるのかしら……」
 呟いて、ティアは再び目の前の皿に視線をやった。
「――どうぞ」
 背後からかちゃ、と陶器の触れ合う音がして、ティアは振り返った。
 給仕服を着た男が立っている。無愛想ながら、不恰好な笑みを浮かべていた。
「待つのはお嫌いですか?」
「あ、……うん」
 頷くと、男は手に持っていた盆を机の上に、皿と並べて置いた。琥珀色の液体が、ガラスの瓶の中で湯気を立てている。
 それをカップに注ぎながら、男は囁くように言った。
「……飲んでください。食べ過ぎに良く効きます」
 ティアは手渡された白くて小さなカップを眺めた。香りがする。薬草と香草を合わせた茶なのだろう。
 そこまでどうでもいい事を考え、ティアは動けない兄を思い出して、笑った。
「セル兄さんったら。食べすぎよ」
「……ううぅぅぅ」
 ソファに転がって動けないセルを見かねたのか、男が側に屈みこみ、小さなスプーンで茶をすくってセルの口に含ませた。セルは大人しく飲んでいる。慣れない薬草の苦味に少し顔をしかめているが、ティアが一口だけ含んでみると、砂糖が入れられていた。……甘いが、やはり癖が強い味だ。
「落ち着いたら、少しじっとしていた方がいいでしょう」
 男は言って、立ち上がった。
「もうそろそろ、カーレン様もお戻りになるかと。では、失礼します」
 ドアを開けた時、男は少し立ち止まった。
「ああ……、セル様に薬茶を差し上げたので、残らず飲ませて下さい。では、私はこれで」
「? 誰と話して……あ、カーレン」
 ティアがその姿を認めて声を上げると、カーレンは軽く手を上げてそれに応えた。
「もう話は終わった?」
 カーレンは頷いた。
「これは突然なんだが――ティア、セル。北大陸に行くぞ」
「――うぅ、北大陸って……手紙が運ばれてきた、から……? うぷっ」
「……兄さん」
 吐き気を抑える兄に呆れながらも、ティアはスプーンを手にとって、一さじ口元まで運んでやった。
「何を食べたんだ」
「食べた後、中で膨れるコリウってパン。美味しかったけど、ほとんど兄さんが食べちゃったのよ」
「意外と食い意地が張ってるんだな」
「だ、だって……知らなかったんだよ。うぉぇ、戻しそ……」
「吐くなよ。とりあえずもう少し飲め」
 カーレンが交代してくれたので、ティアは肩を竦めながらソファに戻った。
「ものすごくお腹にもたれてくるの。おかげで私も動くのが大変」
「……そうか」
 カーレンは頷いて、セルに少しずつ薬茶を与えていた。
『……北大陸?』
 ようやく正気づいたらしい。ルティスが怪訝な声音でカーレンに問いかけた。
 ティアは、何となくただ事ではないと察して聞いた。
「北大陸に、何があるの?」
 カーレンがスプーンを運ぶ手を止めた。セルが苦しそうな顔をしながらも身を乗り出して飲むので、それを引き抜きながら答えてきた。
「故郷だ」
 短い答えだったが、それで十分ティアには理解できた。 「カーレンの……」
 何故だか、少し背筋が伸びる。
「クラズアと呼ばれる地域。そこの山脈の奥深くに、ドラゴンの生息域が今もある。他の場所にもドラゴンはいるが、特に私達は、人からクェンシードと呼ばれているな」
「え、じゃあ」
 ティアは目を瞠った。
「そうだ。レダンも、クェンシードの一人ということになる……形式的にはな。だから彼も、クェンシードの姓を名乗る事ができた」
 それでは、クラズアには山ほどあんな冷たい殺気を持ったドラゴンが居るのか。
 考えただけで恐ろしい事ではあったが、カーレンが察したのか、また口を開いた。
「レダンや私のような、はぐれ者のドラゴンの方が珍しい。皆は性ゆえに気性は荒いが、心は基本的にはおまえ達人間と同じだ。群れて生活し、厳しい気候の中を寄り合って暮らしている」
「……でも、それって」
 言いかけて、セルは、カーレンが言外に含ませていた何かに気付いたらしい。ティアもあまり間を置く事なく、すぐに気付いた。
「――カーレンは、故郷に戻っても?」
「ああ。住む者達からは軽蔑されているな」
 それでも、カーレンは笑みを浮かべた。
「だが、構いはしない」
 笑って言い切った彼を唖然と見つめていると、ルティスが案じるようにカーレンを見上げた。
「……大丈夫なの? そんな場所に帰っても」
「大した事はない。それより厄介な事が他にあるからな」
「え、何で?」
 セルがきょとんと聞き返した。
「分からないか? 今は秋だ。北大陸はもう初雪がいつ降ってもおかしくない」
「あ」
 初雪。そういえば、考えていなかった。
「もし、北大陸で雪が降り出せば……」
 あまり深く考えない内に、ティアは自分の顔からやや血の気が失せるのを感じた。
 知ってか知らずか、カーレンが素っ気ない答えを寄越した。
「下手に備えもなく動いた結果、凍死する危険があるという事だ」
 痛い沈黙が三人と一匹の間に落ちるのを感じて、ティアはソファに座りなおした。
「……いつ出発するの?」
「できれば、近いうちに。陸路を辿る方が、足がつきにくいからな」
「つまり、空を飛ぶ事はできない?」
 セルは首を少し持ち上げながら聞いた。寝心地が良くなかったのだろう。
「本音を言わせてもらえば、あまり安全ではない。実感がないだろうからもう一度言って置くが、私はこれでも狙われている身だ。それに、ここに来る途中も人の集団に姿を見られたからな。噂が流れたはずだ――これで最後だ、もう少し頑張れ」
 最後のひとさじをセルが喉に流し込むと、カーレンはカップを机の上に置き、自分はベッドまで移動して腰掛けた。
 その間、ティアは上空からの光景を思い出していた。確かに、旅人達が徒党を組んでいたのを見た事があった。こちらから見えたという事は、逆に言えばあちらも自分達を――特にカーレンのドラゴンとしての姿を――見る事ができた訳だ。
 鳥ならともかく、空にそれほど奇妙なものを見つけてしまえば、噂にならないはずがない。
 カーレンは腕を組んで考え込むような顔をした。
「何にせよ、あまり時間がない。短期間でいきなり北大陸まで北上するから、寒さに慣れていない者を二人も連れていると、よほどの強行軍という事になるな。――まぁ、おまえ達のマントは魔術が込められているから、そんなに厚着をしなくても雪の中で動き回れるだろうが」
「あれに魔術が入ってたなんて初耳だよ、カーレン……いつの間に仕掛けたの」
 まだ気分が悪そうだが、セルが呆れた声を上げた。
 ティアも驚いたが、それ以上に驚いたのはカーレンだった。目を瞠って、横たわったままのセルを見た。
「おまえ、私が仕掛けたと分かるのか?」
「何となくだけどね。着てる内に、ちょっと着心地とか、雰囲気が変わった気がしたんだ。さっきので何が変わったのか分かったよ」
 軽く笑って答えるセルに、カーレンは少し関心を寄せているように見えた。
「……変わった目を持っているんだな」
「え? 僕のも、ティアちゃんやカーレンのドラゴンアイみたいなものなの?」
 きょとんとして答える彼に、カーレンは頷いた。
「性質は変わっているが、似ている。微弱でも、先天性の目を持つ者はたまにいる」
「ああ、じゃあ父さんのかもね」
 陽気な彼にしては珍しく、セルは顔を曇らせた。
「随分とすごい目の力を持ってたらしいから。僕にはあまりその血が流れてないみたいだけど」
「それは本当か?」
 カーレンは軽く驚きを表した。
「大体のところはね。でも、もう確認もできないんじゃないかな」
『死に別れたのですか?』
 セルは答えず、窓の外を見やった。
「……違うよ」
 穏やかに否定する声には、別の感情も篭もっていた。
「僕が父さんを捨てたんだ。あいつの話だと、母さんは僕を生んですぐに死んじゃったらしい。あんな場所に缶詰にされているくらいなら、せめて、自由のある場所に行きたかった。結果としては孤児になっちゃったけど」
 過去をやんわりと拒絶して、セルは笑った。 「別に後悔はしてないよ? つまらないように見えるけど、路地裏生活って屋根から落ちて骨折したり、万引き・スリとかで殴られ蹴られはしょっちゅうだし、結構危ない事の連続だったから。毎日楽しかったなぁ」
「兄さん……それ、死と隣り合わせの生活だったって言いたいの?」
「うん。でもちょっときついから、ちょっと楽しそうに」
『なってませんよ、セルさん……』
「あ、やっぱり? でもこれでも僕、九歳までは結構良い所で生活してたんだ。その後リスコに流れてきたんだよ」
「へぇ……初めて聞いたわ」
 ティアは関心を示しながら言った。
「別に話す事でもなかったからね。それに、ティアちゃんのドラゴンアイ……だっけ? 僕はそれと違って、特に力がある訳でもない。その代わりに、細かい所が見えやすいだけみたいだ」
 セルは肩をすくめた。
「とはいえ、本質が少し変わった程度しか分からないけどね」
「いや、それだけ分かれば大した物だと言える。分かりにくいぐらい小さな術だからな」
 カーレンが口を開いた。
「相当に器用な目のようだが、おまえの父親は何か言っていたのか?」
 セルは少し顔をしかめた。思い出したくない事らしいが、それでも渋い顔で呟くように返答した。
「才能と本人の性格の問題だって。でも、どっちかというと……父さんのもドラゴンアイかも。どこでドラゴンの血なんか手に入れたんだろ?」
 自分で問いかけてセルはしばらく考え込んでいたが、やはり分からなかったらしい。首を振った。
「僕が話せるのはこれぐらい。それで、このまま北大陸に行っても大丈夫なんだね?」
「多少はな」
 カーレンは頷いた。
「だが、やはり少しは暖かい服装で行った方がいい。いくら寒さを防げるからといって、それだけに頼っていては駄目だ」
「分かってる。……って言いたいけど、私達、暖かい服なんて持ってないのよね」
 ティアは消え入りそうな声でぼやいた。
「その点なら、心配ない」
「どうして?」
 カーレンがやけに確信を持って言ったため、ティアは首を傾げた。
「ラヴファロウが用意してくれるはずだ」
 彼は笑った。
「将軍殿は断れない。貸しがあるからな」
『……どんな貸しですか』
「さて――」
 ルティスの質問に、カーレンはふと宙へと視線を投げた。僅かにその紅い目を細めて、息をつく。
「どれにしようか、これからそれを決めるところだ」
 予想外の言葉に、ティアは唖然としたまま何も言えなかった。


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